二〇代のあの夏、僕の心を動かしたのは、一冊の文庫本だった。沢木耕太郎の『深夜特急』。ページをめくるたびに、まだ見ぬアジアの熱気が部屋の窓から吹き込んでくるような気がした。気がつけば僕は、「自分探し」といういささか気恥ずかしい大義名分をバックパックに詰め込み、デリー行きの飛行機に乗っていた。
しかし、現実は甘くない。
初めて踏み入れたインドの街は、僕の肌にはあまりに刺激が強すぎた。容赦なく照りつける太陽、ねっとりとした湿度、鳴り止まないクラクションの音、そして容赦のない人の波。数日もしないうちに心身ともに消耗し、僕はすっかり異郷の熱に気圧されていた。
そんな僕を救ってくれたのが、埃っぽい路上の一角にある「チャイ屋」だった。
泥炭(デーシー)の小さな素焼きのカップに注がれた、熱々の液体。フーフーと息を吹きかけながら口に含むと、濃厚なミルクのコクと、ガツンと効いたスパイスの刺激、そして強烈な甘みが、泥のように疲れた身体の隅々にまでじわりとしみ渡っていくのが分かった。「アッサムの茶葉をこれでもかと煮出した、熱いチャイ」。それこそが、僕にとってのインドであり、今でも色褪せない大切な思い出の味だ。
あれから、ずいぶんと時間が流れた。
ある猛暑の午後、私は涼を求めて「タワーコーヒー」の扉をくぐった。冷房の効いた店内で何気なくメニューを見上げて、思わず目が留まる。
「ジャスミンチャイ」
胸の奥で、小さく引っかかるものがあった。僕の記憶にあるチャイは、いつだって泥臭く、熱く、アッサムティーの深い渋みとともにあるものだ。「アイス」で、しかも「ジャスミン」だと? そんなのはチャイじゃない。
かつての旅人が、心の中で小さく異議を唱える。しかし同時に、あの頃に持っていた「未知のものへの好奇心」が、ほんの少しだけ首をもたげた。
「どんなものか、試してみるか」
私はその冷たいドリンクをオーダーした。
運ばれてきたグラスは、涼しげに結露している。一口、喉に流し込んでみる。
「……!」
驚きが、頭の中を駆け抜けた。
最初に鼻腔を抜けたのは、驚くほど上品で華やかなジャスミンの香り。しかし、そのすぐ後ろから、あの懐かしいチャイのスパイス : シナモンやカルダモン、クローブのエキゾチックな風味が、追いかけるように広がっていくのだ。
アイスならではのすっきりとした喉越しでありながら、ベースにあるミルクと紅茶のコクは失われていない。爽やかさと濃厚さ、そしてオリエンタルな香りの調和。それは、僕が知っている「路上のチャイ」とは全く違う、洗練された、けれど確かにあの夏の熱気を思い出させる新しい一杯だった。
かつての頑ななこだわりが、氷が溶けるようにすっと消えていく。
タワーコーヒーの「ジャスミンチャイ」は、かつて異郷の地でチャイに救われた僕に、新しい夏の始まりを告げてくれるかのような、心地よい裏切りに満ちていた。

