細川敬弘さんの作品には、「備前焼」という定義に収まらない「土」の魅力が込められている。素地の状態のまま焼き上げる「素面(しらふ)」技法や、密度が高く粘土を作る際に塊で残る「コツ」というモノを多く含んだ土を表面に貼って焼き上げた「礫」をうつわの表情とした技法など、細川さん自身が導き出した独自とも言える技法によるものであろう。そこに辿り着くまで、様々な匠たちの「備前焼の哲学」に触れ、試行錯誤を繰り返してきた歴史があった。
ELD JOURNAL

【SHOP】備前焼作家 細川敬弘
#054


高校卒業後、備前陶芸センターにて1年間備前焼の基礎を学び、祖父である備前焼作家、竹村永楽に師事。当時を「言われたことをするだけだった」と振り返る。それから1年後、祖父が体調を崩し事態は急変。祖父は自分の代で窯を閉じると決めており、土などの資材をほとんど残していなかったのだが、細川さんの思いにより窯を受け継ぐこととなった。
材料、知識、技術とすべて乏しいと感じた細川氏は「自分の備前焼」を見つけるために他の作家たちが窯焚きする手伝いを始める。そこで作家たちと日々対話を重ねた。「10人いれば10人とも考えが違います。土の作り方を語る人もいれば造形についての話をする人もいる。その一人一人の話を自分の進む道と照らし合わせ、実践しては改善点を見つける。それを何度も繰り返して自分らしい備前焼を磨き上げていきました。」
材料、知識、技術とすべて乏しいと感じた細川氏は「自分の備前焼」を見つけるために他の作家たちが窯焚きする手伝いを始める。そこで作家たちと日々対話を重ねた。「10人いれば10人とも考えが違います。土の作り方を語る人もいれば造形についての話をする人もいる。その一人一人の話を自分の進む道と照らし合わせ、実践しては改善点を見つける。それを何度も繰り返して自分らしい備前焼を磨き上げていきました。」

現在は兎にも角にも『土』にこだわっている。昨年様々な知人に声をかけ、備前のあらゆる場所の土を一種ほど収集。中には現在は入手できない土もあるそうだ。「収集した土は、電気窯で焼いたサンプルを作り、仕上がりを確認します。そこでまた土同士をブレンドして色や質感をさらに突き詰めていきます。」と数えきれないほどのテストピースを見せてくれた。



「コロナ前は飲食店からの受注が多かったため、お客様のリクエストに応じながら色や質感を合わせていました。しかしコロナを機に自分なりの組み合わせを試すことが出来たので、備前焼を突き詰めていくことが出来ました。」
コロナ明け、東京で開催された個展で会場設営した時、野山の草花を生けたのですがしっくりって。20代で生け花を学んだ経験が生かされました。これからは美しい草花の姿を引き立たせる花器も作っていきたいですね。」と今後の自分の作品について語った。
「最近尊敬している作家さんとお話する機会を頂いたんです。その方が言うには『絵画で例えると、今のあなたはパレットに色を増やしている段階。今の私は自分のパレットの色を全て混ぜた色で水墨画を描いていくようなものだ』と。まだまだ学び試していくことが多くて今すぐには難しいですが、いつかは自分の色を見つけていきたいですね。」
コロナ明け、東京で開催された個展で会場設営した時、野山の草花を生けたのですがしっくりって。20代で生け花を学んだ経験が生かされました。これからは美しい草花の姿を引き立たせる花器も作っていきたいですね。」と今後の自分の作品について語った。
「最近尊敬している作家さんとお話する機会を頂いたんです。その方が言うには『絵画で例えると、今のあなたはパレットに色を増やしている段階。今の私は自分のパレットの色を全て混ぜた色で水墨画を描いていくようなものだ』と。まだまだ学び試していくことが多くて今すぐには難しいですが、いつかは自分の色を見つけていきたいですね。」
